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東京高等裁判所 昭和23年(ナ)45号 判決

主文

原告等の請求は何れもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負擔とする。

事実

原告武川淸行並に原告廣瀨嘉〓訴訟代理人はそれぞれ「原決定竝に原裁決を取消す。訴訟費用は被告の負擔とする。」との旨の判決を求め、その請求の原因として、昭和二十二年四月三十日施行せられた松里村會議員選擧に於て、原告廣瀨嘉〓は當選者と決定せられ、同年五月二日その旨告示せられたところ、落選候補者原正則より右當選の効力に關し異議の申立あり、松里村選擧管理委員會はこれを理由ありとして同年五月四日原告廣瀨の當選を取り消し次點者とする旨の決定をなし同月八日その旨告示した。そこで原告廣瀨並に右選擧の選擧人である原告武川清行はそれぞれ被告委員會に對し訴願の申立をなし右決定の取消を求めたところ、被告委員會は同年六月二十日何れもこれを理由なしとして棄却する旨の裁決をなし同年七月十四日山梨縣報にその旨告示し、原告武川に對する裁決書は同月十九日、原告廣瀨に對する裁決書は同月二十二日それぞれこれ等原告に交付せられた。成程、右決定並に裁決の云うように、右選擧で、原告廣瀨は七十二票を得、最下位の當選者であり、落選候補者原正則は百十六票を得たのであるが、右原は、次の理由により、右選擧に於て被選擧權のない者である。即ち(一)右原は昭和二十二年二月十日松里村選擧管理委員會委員長窪田今朝〓から右委員會書記として任命又は囑託せられ、本件選擧當日第三投票所にあつて投票用紙の交付事務に從事した者で、明に町村制第十五條第三項により被選擧權なく、假にその名稱が書記でなかつたとしても、事實書記としての事務をとつたのであるから、その任命形式、名稱の如何は問うところでない。(二)尚右原は、前同日前記委員長から本件選擧の投票管理者補充員に任命又は囑託せられた者で、町村制第十五條第三項には明に投票管理者又はその補充員を擧げてゐないけれども、同條項記載の投票分會長等と何等擇ぶところなく、被選擧權のない者として同樣に取扱わるべき者で、現に右第十五條に相當する地方自治法第二十一條には、被選擧權のない者として投票管理者を擧げてゐる。(三)更に右第十五條第三項の精神は、選擧事務に從事するものは、その身分理由の如何を問はず、被選擧權を有しないと云うにあつて、同條項列記のものは、單にその例を示したに過ぎず、これは選擧の公正を保つ點から云つて當然のことである。そして原正則は候補者でありながら、本件選擧において投票用紙交付事務に従事したことは明かな事實であるから、同人は被選擧權がない。よつて同人に對する投票は、すべて無効として取扱わるべきであるのにかゝわらず、原決定並に原裁決がこれを有効とし、原正則を當選者たるべき者として、原告廣瀨の當選を取消し次點者としたのは不當であつて、原決定竝に原裁決を取消すときは、原告廣瀨の當選は確定する故、本訴においてこれ等の取消を求むる次第であると述べた。(立證省略)

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。」との判決を求め、答辯として、原告等の主張事實中落選候補者原正則が本件選擧に於て被選擧權のない者であるとの事實を除き、その餘の事實はすべてこれを認める。右原は原告等主張のように被選擧權のない者ではない。即ち(一)原正則が松里村選擧管理委員會の書記であつた事實は否認する。同人は右委員會委員長より書記として任命又は囑託を受けた事實はない。(二)右原が原告等主張の日時右委員會委員長より投票管理者補充員(誤つて補充員と云つたもので、本當は投票管理者代理者と呼ぶべきものである。)を囑託せられたことは認めるが、右は町村制第十五條第三項列記のどれにも該當せず、これにより同人が被選擧權を失ふべき理はない。(三)右原が、本件選擧當日第三投票所にあつて、約二十分間投票用紙交付事務を自發的に手傳ひ、選擧人二十一名に對し投票用紙を交付した事實は認めるが、前記第十五條第三項の列擧は限定的であつて、そのどれにも該當しない以上、原正則はこれにより被選擧權を失うものと解することが出來ない。何れにしても原正則は、本件選擧に於て被選擧權を有し、同人の得票が最下位當選者廣瀨嘉〓の得票を凌駕する以上、原決定並に原裁決が、右原を當選者たるべき者として、原告廣瀨の當選を取消し次點者としたのは正當であつて、原告等の本訴請求は理由がないと述べた。(立證省略)

理由

原告等の主張事實中落選候補者原正則が本件松里村會議員選擧に於て被選擧權を有して居なかつたとの事實を除き、その餘の事實はすべて被告の認めるところで、當裁判所は、右當事者間に爭のないと云うことと、その方式及び趣旨から見て眞正なる公文書と推定せられる乙第七號證(選擧録)及び甲第四號證、第七號證(何れも裁決書謄本)とにより右事實を認定する。されば、本件唯一の爭點は、本件選擧に於て原正則が果して被選擧權を有していたかどうかと云うことになる。原告等は、右の點に關し、三個の事實をあげ、原正則は町村制第十五條第三項により被選擧權のない者であると主張してゐるので、一一その當否を檢討して見ることにする。

まず第一に、原告は、本件選擧當時原正則は松里村選擧管理委員會の書記であつたから被選擧權がないと主張してゐる。しかしながら、同人が右委員會の書記であつたといふ事實は、原告等の提出援用にかゝる證據は固より、本件にあらはれたあらゆる證據によるも、まだはつきりとこれを認めることが出來ない。もつとも、その方式及び趣旨から見て眞正な公文書と推定せられる甲第五號證(乙第一號證)(選擧事務配員と題する書面)乙第六號證(投票録)及び證人窪田今朝〓、五味忠治、原正則の證言を綜合するときは、原正則は、昭和二十一年四月五日施行せられた山梨縣知事選擧及び同年同月二十日施行せられた參議院議員(地方)選擧に於て、何れも松里村選擧管理委員會の囑託を受け、投票所の事務に從事した事實及び同年四月三十日施行せられた山梨縣會議員選擧に於ても同樣右委員會の囑託により、第三投票所の事務に從事すべく配置せられた事實を認めることが出來るが、町村制第十三條の八によれば、選擧管理委員會の書記は、委員長の指揮を承り、委員會に關する事務に從事する者で、委員長がこれを任免することになつて居り、右書記たるには、少くとも當時右事務に從事すべく豫定されて居ると云ふことが必要と考へられるから、單に選擧事務に關し勞務を提供するに過ぎない勞務者又は臨時に囑託を受けて投票所の事務に從事する者等は、これに含まれないと解するのが相當であつて、前掲各證據並にその方式及び趣旨から見て眞正な公文書と推定せられる乙第五號證の一ないし四(開票録、選擧録、投票録、事務配員表)を綜合すれば、原正則は、前掲各選擧に於て臨時に投票所の事務をとるべく囑託せられたに過ぎない事實を認め得る故、前記一事を以て直に、原正則を松里村選擧管理委員會の書記であると斷ずることは出來ない。尚又その方式及び趣旨から見て眞正な公文書と推定せられる甲第一號證の一(選擧投票所入場券)、乙第二號證の一、二(選擧人受付簿)並に證人古屋美忠、荻原義一、窪田今朝〓、向山鬼及び原正則の證言を綜合すれば、原正則が本件選擧當日午前七時頃より約二十分間第三投票所に於て、二十一名の選擧人に對し投票用紙を交付した事實を認めることが出來るけれども、飜つて乙第一號證並に證人窪田今朝〓、向山鬼及び原正則の證言を綜合すれば、原正則は、元來本件選擧の事務員として配置せられた者ではなくて、同時に施行せられた山梨縣會議員選擧の配員であつたところ、本件選擧の投票用紙交付事務の繁忙と手薄を見兼ね、右選擧の事務員町田〓江の依頼により、自發的に之を手傳つたに過ぎない事實を認め得るを以て、この事を以て直に原正則を選擧管理委員會の書記であるとなすことは出來ない。このように原正則が松里村選擧管理委員會の書記であることは到底認め難いから、この事を前提とする原告等の主張は理由がない。

第二に、原告等は、原正則は投票管理者補充員であるから、被選擧權がないと云つてゐる。成程その方式及び趣旨から見て眞正な公文書と推定せられる乙第三號證(松里村選擧管理委員會會議録謄本)によれば、原正則が昭和二十二年二月十日地方選擧擔任事務選任に關し開催せられた松里村選擧管理委員會に於て、投票管理者補充員に選任せられた事實を認めることが出來るけれども、町村制第十五條第三項に所謂選擧事務關係者は、何れも町村會議員選擧に關係ある者であることを要するに拘らず、投票管理者は、府縣會議員又は衆議院議員選擧等に於て投票に關する事務を擔任する者で、町村會議員選擧に於ては、町村制によれば、その事務は選擧長又は投票分會長の擔任するものである點(地方自治法は投票管理者について規定してゐる。)及び乙第三號證に、地方選擧とある點から見て、原正則は、松里村會議員選擧に關係なく、山梨縣會議員選擧についてその投票管理者補充員に選任せられたと認めるを相當とするばかりでなく、こゝに云う補充員とは、本來代理者と呼び、投票管理者が故障あるとき、これを代理すべき者として、市町村選擧管理委員會が、選擧權を有する者の中から、豫め選任し置く者で、その關係選擧に於ても、投票管理者に代つて現實にその事務を擔任しない限り、被選擧權を失うものでなく、本件に於て、原正則が現實に投票管理者の職務を行つた證據はないから、同人が單に投票管理者補充員に選任せられたというだけで、本件選擧の被選擧權を失つたものと解することは出來ない。

第三に、原告等は、原正則は本件選擧の候補者でありながら、投票用紙交付事務に從事したから被選擧權がないと主張してゐる。そして原がたとえわずかの時間であつたにもせよ、投票用紙交付事務を手傳つたことは、前認定の通りである。しかしこれにより、同人が被選擧權を失うか否かは、嚴密に考へて見なければならない。町村制第十五條第三項の規定は、原告等の云うように、選擧の公正及び職務の公平獨立を保障するための規定で、同條項列記の者は、悉く法令上選擧事務に從事すべき者及びその命令を受けて實際選擧事務に從事する者であり、これ等の者がその關係區域内に於て被選擧權を有しないとせられたのは、當然である。そして候補者が選擧事務に從事するとは、法律の豫想しないところで、同條項の精神からいつて、かゝる候補者は被選擧權を失うと解するのが當然であると云ふ議論もなりたつが、他面公民の重要な權利を制限するのだから、同條項を嚴格に解し、同條項列記の者に限り、被選擧權を有しない趣旨だと解することも出來、寧ろ後の解釋を妥當とする。そしてこの場合、別の觀點から、即ち候補者が選擧事務に關與することによりどれだけ選擧の公正が害せられたか、又それにより候補者の當落に影響を及ぼすような事態を生じたかによつて、當該選擧の有効無効、又當該候補者の當落を決定するのが至當であると考へる。今これを本件についてみるに、荻原義一及古屋美忠の證言によれば、原正則が投票用紙交付事務を手傳つたため、選擧人の間に憤激をかもした事實を認めることが出來るけれども、何分にも前認定のように、原が投票用紙交付事務を手傳つたのは、僅か二十分間位で、投票用紙を交付した選擧人は二十一名に過ぎず、又原告廣瀨の得票は七十二票であるのに、原の得票は百十六票で、その差四十四票に及び、前記二十一名の投票が全部原に投ぜられたものでこれを無効としても、尚二十三票の差あり、更に證人向山鬼及び原正則の證言によれば、原は他意あつて投票用紙交付事務を手傳つたものではなく、全く不注意輕忽の間これをなしたものであり、しかも一且注意されるや直にこれを止め、間もなく投票所外に退去した事實を認め得るから、原正則の前記所爲は、選擧の規定に違反し不都合なものであるが、これがため、著しく選擧の公正を害し、又選擧の結果に異動を及ぼす虞がある場合と云うことが出來ず、從つて原正則に被選擧權がないと云ふことが出來ないのは勿論、本件選擧の全部又は一部の無効の宣言をなすことも出來ない。

以上のような理由で、原正則に被選擧權なしとする原告等の主張は、全部理由がなく、原の得票が前記二十一票を考慮に容れるも尚、最下位當選者原告廣瀨の得票を遙かに凌駕する以上、原決定並に原裁決が、原を當選者たるべきものとして、原告廣瀨の當選を取消し次點者となし、又原告等の訴願を理由なしとして棄却したのは正當であつて、原告等の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきものとし、地方自治法第六十六條第六項衆議院議員選擧法第百四十一條民事訴訟法第八十九條の規定を適用し主文のように判決する。

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